啄木を訪ねて④ 函館

 JR東日本の「北海道・東日本フリー切符」を利用して函館へ行ってきました。ここは啄木が明治40年5月に岩手の渋民から離れ向かったところである。啄木の歌でけっこう函館の歌があるけれど…実質、4か月しか居なかった。この年の9月には「函館大火」で札幌から小樽にと転居している。ます゜は「函館の 青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 やぐるまの花」。函館公園に歌碑がある。近くには住まい跡も…
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 啄木の妻が通った質屋が残っていた。今は喫茶店。こんな建物が結構残っている。
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 つぎは、函館山がよく見える大森浜。ここの「啄木小公園」。啄木像には…「潮かおる 北の浜辺の 砂山の かの浜薔薇よ 今年も咲けるや」。
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 「頬につたふ なみだのごはず 一握の砂を示しし人を忘れず」。すぐ横の大森浜で詠んだのでしょう。函館山をバックに…左端が「立待岬」、その少し右側に啄木一家のお墓があるところ。
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 最後が啄木一家のお墓です。小石川で亡くなって浅草で葬儀を行って…お墓はここ函館です。啄木の希望だったそうです。墓には「東海の 小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる」の歌が…。このお墓から真下に大森浜が望める。
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 5月から9月までのほんの4か月だけど、良い季節にいたんだよね。それと啄木はあまり「海」を知らなかったんだろうね。いかにこの函館の地が気に入っていたのかがわかる。でも、函館って…いい街だ。

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